精神の成長・心の成長に時間はいらない!! 心は一瞬で変わる

2019/02/07

理解 洞察 事実

t f B! P L
心の領域において時間は存在しない、つまり精神的に成長するのに時間は必要ない

時間が解決してくれると思い込んでいませんか?


「今は・・だけどあと少しで理想の自分になれる」
と私たちは言います

この他にも私たちはこんなことを言います

・今はまだ周りの人にきつく当たってしまうけど
 良い人になるために色々やっているからもう少しの辛抱だよ

・ダメな部分が沢山あることはわかっているけど
 少し時間を頂戴!必ず直してみせるから

・人に優しくするのはまだまだ簡単じゃないけど
 今やっている瞑想の効果がもうすぐきっと現れる

・若いからまだまだ未熟だけど必ず立派になってみせる

・今は努力が必要だけどいつか無私の奉仕が
 自然にできるようになる

精神的な成長のために時間は本当に必要ですか?


ここに挙げたようなことをあなたは思ったことがあるはずです

なぜなら私たちは精神的に成長するためには
時間が必要だと考えているからです

しかし...

物質的時間は確かに存在しますが
心理的時間というものが本当にありますか?

~よく考えてください~

赤ん坊が成長して大人になる様子や
勉強すればするほど問題がスラスラ
解けていった経験を通して人は
精神的に成長するにも時間が必要だと
思い込んでしまったのではないでしょうか?

非暴力(概念)を追いかけても私の暴力性は変わらない


例を挙げます

私が暴力的だとします

暴力性を何とかしてくれそうな本を読み漁って
私は様々な方法を実践しています

それだけでなく非暴力という概念を掲げて
そこに到達することを目標にしています

しかし....

暴力性に効果がありそうなメソッドや訓練法を
どれだけ試してもメソッドに夢中になっている間
暴力性は私の心に存在し続けます

内部の暴力性が止まなければ
非暴力という概念を追いかけようと私は暴力的なままです

※『概念ではなくありのままを見つめる
 『変わりたいならあるがままの心を見つめなさい

暴力性は理解すると消滅する


暴力性は徐々に消えていくものでしょうか?

暴力的ではなくなるのに時間はほんとうに必要ですか? 

それとも...

自分自身の暴力性を理解した瞬間に暴力性は消えますか?

よく考えてください

心理的に何かに【なりゆく】時間は存在しない


メソッドの実践や非暴力の追求は
私が自分の暴力性と向き合い理解することを妨げます

というのは実践したり追いかけたりしているときの
心は忙しくてあるがまま~暴力性~をじっくり
見つめて理解することはできないからです

そして理解できないものは存在し続けます

※『心は理解すると変わる

非暴力(概念)を追いかけることは事実からの逃避


また...

実践法や概念を追いかけることは
あるがままの事実~暴力性~からの一種の逃避です

私は自分の暴力性に直面するかわりに
暴力性から自由になるための方法や
非暴力の実践に夢中になりますが
実際にしていることはと言えば
内なる暴力性から概念への逃避です

※『解決法を探すことは事実からの逃避

暴力を丸ごと理解すると暴力は消滅する


概念を追いかけるかわりに...

自分自身の暴力性から目を背けず
正当化も批判も抑制もしないで
暴力性をありのままに見つめると
瞬時に暴力性から自由になります

つまり、心は瞬時に変わるものであって
精神的な成長のために時間が必要というのは思い込みです

心の領域において時間は存在しません

自分自身の暴力性をありのままに見て
それを丸ごと理解するとき、暴力性は消滅します

※『心理的時間の虚偽を見抜く

善い人は善い人になろうとしない


あなたが善い人になろうとしているのだとしたら
あなたは善い人ではないのです

というのは善い人は何もしなくても善い人だから...

私たちが自らの内面を見つめるとき
そこにはネガティブな感情が一杯あるので
醜い感情を1つも持たない善良な人間になろうとします

さて、善良な人に【なろう】としている人は善良な人ですか?

優しい人に【なろう】としている人は優しい人ですか?

善良であれば善良に【なろう】と努める必要はありません

あなたに思いやりがあるなら
思いやりのある人に【なりたい】と願ったりしません

※『良い人になるな、良くあれ!

理想を追い求めることは事実を直視するより簡単


私たちは自らの内部の感情を少しだけ覗き見て
それを全部見つめるガッツはないので
見たものを「ダメ、ネガティブ」という言葉で
片付けて心に蓋をし好ましい理想に想いを馳せます

理想なら目を背けなくてすむからです

理想の自分を追いかけることは
あるがままの自分を見つめるより楽だからです

概念(理想)が二元性を生み葛藤を引き起こす


しかしそうすることで私たちは実際の自分と
理想の自分という二元性を生んでしまいます

この二元性は心に葛藤をもたらします

実際の自分と理想の狭間で人は葛藤に苦しみ
理想からかけ離れた自分に苛立ちを覚え落ち込み絶望します

でも実際には二元性は存在しません

つまり私たちは実際にない概念に悩まされ
苦しめられて絶望しているのです

※『二元性について』 『苦しまないために理想を手放す

洞察/理解が内面(心)を一掃する


では実際に起こっていることは何でしょう?

善良ではない私が存在するだけです

ネガティブとレッテルを貼った感情があるだけです

このあるがままの事実にとどまると
~あるがままの心を見つめると~
二元性やそれがもたらす葛藤や絶望は消えてなくなります

ありのままの自分を曇りなく見て理解するとき
正しい鋭利な観察が心にあるものを一掃します

毒が入っていると知りながらリンゴを食べる人はいないでしょう?

理由は毒が入っているという事実への洞察が
あなたにリンゴを「食べるな」と指示するからです

同様に...

あるがままの心についての洞察が心の闇を一掃します

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真理探究に15年を費やした後あらゆる修行・規律・イデオロギーは不毛であると気づく。以来感覚だけを頼りに思考と感情を刻々と観察しながら自己について学んでいる

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