真理体験の真実

2019/02/27

愛 真理 自由 秩序

t f B! P L






「僕は真理を体験した」

「ようやく悟りを開いた」

誰かがこう言うなら、その人はそうしてはいない。

一体どうして彼は知らないものを認識できたのか?

真理とはどういうものか知らなくて、
なぜそれが真理だと分かったのか?

真理を「認識できた」ということは、
彼は知っていたということになる。

真理を体験した聖者の話や本で
「真理とは○○のようなもの」と知っていたから
『僕は真理を体験した』と言えたのではないか?

であれば、それは既知のものであるから真理のハズはない。

真理は時間を超えたもの、有限を超えたもの、
思考を超えたものであるので、
あなたが認識できるハズがない。

私達は自らの思考が作り出した真理という概念や像を見て、
『お~これが真理か!』というのだ。

自分が監督した映画を観て、
「こんな素晴らしい映画はこれまで出会ったことがない」
と言うようなものだ。

関連記事
真理体験

このブログを検索

アーカイブ

自己紹介

自分の写真
真理探究に15年を費やした後あらゆる修行・規律・イデオロギーは不毛であると気づく。以来感覚だけを頼りに思考と感情を刻々と観察しながら自己について学んでいる

問い合わせ

名前

メール *

メッセージ *

QooQ