比較・競争・模倣・服従は暴力

2019/02/21

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何かに精神的に従ったり模倣するときには、
私たちは自分自身に暴力を振るっているのです。

社会の道徳や精神的信条、霊的権威に従うとき、
私たちはあるがままの自分を、
ある特定の型にはめこもうとしています。

あるがままを強制的に変えようとする行為は、暴力です。

嫉妬深いからと無執着を実践して自分を変えようとすることも....
暴力的だからと非暴力という概念を追い求めることも....
意志の力で欲望をコントロールすることも....
社会奉仕に励み、愛を育もうとすることも....
聖者と呼ばれる人やグルや教祖を模倣すること....

これは全て暴力的な行為です。




精神的に何かに従い模倣するとき、
私たちはあるがままから逃避します。

精神的に何かに従い模倣するとき、
私たちはあるがままの自分と、
向き合うことができません。

精神的に何かに従い模倣するとき、
自分自身を理解することはできません。

精神的に何かに従い模倣するということは、
自分を否定することなのです。

精神的に何かに従い模倣するとき、
事実より概念が大事になります。

精神的に何かに従い模倣するとき、
刻刻と変わりゆく自分という存在を、
死物である一定の型にはめこもうとしているので、
それは自分への暴力なのです。




誰かに従ったりマネしたりすることだけでなく、
比較や競争もまた暴力的な行為です。

私たちは自分と他者を比較します。

比べることで、優越感や劣等感が生まれます。
比べることで、自分への憤りや、
相手に対する憎しみや嫉妬を感じます。

これらの感情から、競争心や闘争心、暴力性が生まれます。

つまり誰かと比較し競い合うことは、暴力的なのです。

負ける人・傷つく人を生み出す競争は、暴力です。

あなたが勝つときには必ず、負けて苦しむ人がいます。

彼の悲しみはあなたに起因しているので、
あなたの行為は暴力的だということになります。




自らの内にある暴力性に、気づくことが大切です。

正当化や批判はせず、あなたの暴力性を観察しましょう。

そうすることで暴力性の全構造と、
それがもたらすものを理解することができます。

その理解が内なる暴力性を終わらせます。

強制的にではなく努力するのでもなく、
あなたの理解が、内なる暴力性を終焉するのです。

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☆☆

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真理探究に15年を費やした後あらゆる修行・規律・イデオロギーは不毛であると気づく。以来感覚だけを頼りに思考と感情を刻々と観察しながら自己について学んでいる

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