私達の五感は鈍くなっています
あなたはすべての五感を働かせて自然を、
両親を恋人を見ているでしょうか?
身体全体であなたの前に繰り広げられた光景を
感じていますか?
嗅覚
野生の動物は鋭い嗅覚を持っていますが、
私たちの嗅覚は動物のように
危険に晒されることがなくなって以来、
衰えてしまいました。
同様に、私たちは話をする相手の目をじっと
見つめることはありません。
相手の目をじっと見ることは失礼だ、
礼儀に反することだと教えられませんでしたか?
あなたは相手の話をしっかりと聞いているかもしれません。
しかし相手の目をじっと見つめているでしょうか?
相手をありのままに観察しないで、
一体どうやって相手を理解できるのでしょうか?
視覚
あなたの前で友達が泣き崩れてしまったとします。
「本当はこんな姿を見られたくないかもしれない」
「相手が見られたくない姿を見るのは失礼だから
あまり見ないようにしよう」と相手から
目を逸らしませんか?
私たちはこのように相手の顔をジーッと見ないように
訓練されてきたのです。
たとえ見つめる瞬間が時折あったとしても、
それは完全なる注意を傾けた観察とは異なります。
関連記事:歪みなくありのままを観察する
気づき・アウェアネスの大切さ
聴覚
聴覚はどうでしょう?
嗅覚同様、危険にさらされる心配がないため、
私たちの聴覚は衰えています。
野生の動物はかすかな音にさえ、敏感に反応します。
動物のドキュメンタリー番組などで見られるように、
シマウマは草を食べている時でさえライオンの気配に
十分に気づいています。
私たちのように家族の声も耳に入らないほど
テレビやゲームに夢中になることはありません。
彼らはその鋭い嗅覚と聴覚、視界の広さで
自らの命を守っているのです。
関連記事:聴く・注視する
触覚
私たちは話はしても恋人でもないかぎり、
触れ合うことは滅多にありません。
相手の暖かさ、生きているものの暖かさに触れ合い
感じ合うことはありません。
触れ合うことのない文化は、
適切ではない相手に性欲を感じてしまうことへの
恐怖が根底にあるのではないでしょうか?
生き物なら当然もつ自然な衝動をタブー視したことで、
お互いに触れ合うことがなくなってしまった
のではないでしょうか?
こうして温もりを感じる機会を失った私たちは、
温もりを求めてペットを必要とするように
なったのではないでしょうか?
触れ合いたいという私たちの自然な衝動が、
現在のようなペット文化を生んだのかもしれません。
鋭い五感、鋭敏な精神
今よりも鋭い耳、鋭い目、鋭い肌感覚が
私たちには必要ではないですか?
これらを蘇らせるあらゆるチャンスを、
見逃さないようにしましょう。
あらゆる感覚器官を開いて新鮮な空気を入れて、
輝く光をあてましょう。
そうでなければ今のような鈍感な五感では、
この世界の精妙な美を感知することはできません。
関連記事
気づき・アテンション
気づき・生の美しさに気づく
アクティブな脳は問う・疑う
ルーティンが脳を退化させる
専門家があなたを愚鈍にする
結論・探究心は好奇心を殺す
アテンション・注意とエネルギー
0 件のコメント:
コメントを投稿