思考(観念)に逃げるから葛藤に苦しむ

2020/07/13

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事実に直面できないがゆえに
あなたは観念に逃げ込んでいませんか?

しかし観念こそは不和の素なのです

なぜなら事実を観念に変えることで
私たちは事実と観念という
虚偽の二元性を作り出し
その狭間で葛藤し
苦しむことになるからです

葛藤は分離のある場所以外で
息をすることはできません

あなたが苦しみや葛藤でいっぱいの生を
送っているのだとしたら
それは観念を持ち続けることによって
自ら苦しみや葛藤を招き入れているのです

※参考記事『分離があるところ葛藤がある




観念は亀裂・対立をもたらします

共産主義や資本主義、
多くの共同体や国家
既存宗教を見てください

私たちは観念によって分裂しています

世界は観念やイデオロギーに染まっているのです




ではなぜ観念が重要になったのでしょう?

事実に取り組むことより
事実を観念に変えた方が
追求しやすいからでしょうか?

自分の生き方をよく見つめて
苦しみの根源を探るよりも
宗教書や哲学書を読みあさり
どう生きるべきかという
観念を仕入れてそれを
追い求める方が確かに楽です

しかし観念は満足をくれるかも
しれませんがあなたを
変えることはありません




教育を通して物事を抽象化するよう
私たちは条件づけられています

観念的なことは教育されても
事実に取り組むことの大切さ
教えられていません




どうかあなた自身に問うてください

なぜ「すべき・すべきではない」
と言うことばかりを問題にするのでしょう?

観念や理想に囚われているかぎり
事実を直面できないことに
あなたは気づいているでしょうか?

知的理解ではなくそれが
あなたの血肉となっているなら
あなたは直ちに抽象から離れて
事実に取り組むはずです

※詳しくは『概念になぜ逃避する
 をご覧ください




【事実に取り組む】とは思考を挟まず
物事をあるがままに見つめることです

事実に関するあなたの意見は
あなたの思考の運動であり
決して事実ではありません

事実を思考で解釈せずに
大好きな人を見つめるように
事実に見入ることが
事実に取り組むということです

あるがままの事実を観察するのが
たとえしんどくても事実から
離れないでください

※『事実と現実の違い』に目をお通しください




事実に直面するときあなたは
事実に基づいて行動するので
正しい行動をとることができます

なぜなら事実から生じる行為
どんな行為も真実だからです

以前の記事でお伝えしたように
事実を知覚することは真実であり
見ることは即ち行うことであり
したがって事実に基づく行為は
真実なのです

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☆☆

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真理探究に15年を費やした後あらゆる修行・規律・イデオロギーは不毛であると気づく。以来感覚だけを頼りに思考と感情を刻々と観察しながら自己について学んでいる

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