読書しない人は人格が劣っているのか?

2020/02/21

思い込み 条件付け 思考 利己的な私

t f B! P L
  



A 本を読まない人は人格が劣っていませんか?
  本を読まない人と対話なんてあり得ませんよ

私 読書する・しないで人格の優劣を判断するのは
  危険ではないですか?

  もし読書するかしないかで
  人格が決まるのであれば
  知識と人間性は比例することに
  なりますがこれは事実ですか?

  まわりをよく見るなら
  答えは明白ではないでしょうか…

  知識豊かな人の人間性が本当に優れているなら
  知識人が動かしているこの世界ははたして
  今のように残酷で腐敗しているでしょうか?

  思考に深い関わりのある知識こそが
  美しい性質~優しさや思いやり~を
  破壊し人間を冷酷無比に
  するのではないでしょうか?

  ※『思考は優しさを破壊する



A 本を読む人は魂をよくしようと努力している訳で
  何もしない人と話ができるワケありません

私 魂の有無を議論するつもりはありませんが
  善くなろうと努力している人
  善い人間ではありません

  善い人が善くあろうと努力する
  必要はないからです

  努力している人は
  善い人ではないからそうするのです

  努力の正体はエゴであり
  エゴの運動に優しさ
  というものはありません

  何かを求め、手に入れることに
  貪欲な精神は優しさから
  かけ離れています

  ※『良い人になるな、良くあれ



A 本を読まない人は何もしないじゃないですか!
  
私 私たちは何かをしなければならないように
  子供の頃から条件付けられています

  強くなるよう…
  勉強するよう…
  努力するよう…
  成功するよう…
  1番になるよう…
  幸せになるよう…
  優しい人になるよう…
  道徳的な人になるように…
  感情をコントロールするよう…
  
  殆どの人は強迫観念に囚われているかのように
  常に何かをしています
  
  何かをしなければ…
  何者かにならなければ
  生きていけないと言わんばかりに
  なりゆくことに駆り立てられています

  だから何もしてない状況
  追い求めていない状況
  夢や希望、目標をもたない人生は
  無意味で無価値な人生だと思い
  そのような状況に陥って
  なるものかとひたすら
  走り続け【何かをしている】のです

  1度止まると動けなくなるとでも
  言わんばかりになりゆくこと、
  努力することに必死なのです

  しかしこれでは心はいつまでたっても
  穏やかにはなりません

  特別なこと、偉大なことを
  行わなければならないという
  魔法~刷り込み~を解くためには
  自分の脳が条件付けられている
  ことに気づかなければならないのです

  ※『条件付け・刷り込み



  つまり魂を良くしようと
  読書をしているあなたは
  条件づけられています

  なりゆく~魂を良くする~ための手段が
  あなたにとっては読書なのです

  何かすべきだと
  条件づけられているあなたが
  本を読むことによって自分は
  【魂を良くしている】のだと
  いう気になって満足し
  読書をしない人は良くないと
  決めつけているのです

  読書をしない人は何もしない
  とあなたは仰いますが
  決してそうではありません

  彼らもあなたと同じように
  何者かになろうと努力しています

  魂を良くするためでは
  ないかもしれませんが
  成功者になるため
  価値ある人間になるために
  必死に努力しているのです

  仕事だったり信仰だったり
  夢に向かって頑張ることだったりと
  何をするかは違ってもあなた同様
  いつも何かをしています

  【重要なことをしている】と
  思うことによって満足感を得るのは
  何かを行うよう条件付けられている
  からなのです

  決して読書が悪いわけでは
  ありませんが読書をしない人の
  人間性が劣っているという
  あなたの持っている偏見には
  感心いたしません



A しかしいかにして生きるかを
  真剣に問うてきた小説家たちの
  本を読んだ人と読んでない人では
  人間的な深みが違います

私 ですから本を読む/読まないで
  人間性が判断できるでしょうかと
  問うているのです
  
  真剣に生きた人たちの本を
  読むときには読んで終わりではなく
  読んでいる最中のご自分の
  心の動きを観察しませんか?

  そうでなければその読書は
  ショーペンハウアーが言ってるように
  他人の考えた過程を反復的に
  たどっているだけ
  ということになります



A 心の動きに注意して本を読みますよ

私 心の動きに細心の注意を払うことは
  本を読まなくたってできるのです

  人間関係を通して、自然や動物との
  関わりを通してあなたが絶えず
  自分自身について学んでいたら
  本からでなくても沢山のことを
  学ぶことができます

  自己を注意深く見つめて理解することは
  日常生活において可能なのです

  それに人は本より自然から
  多くのことを学べると
  自然を観察していると
  思えてきます

  ”もっと”常にを求める
  貪欲な人間にとって
  何1つ欠けるところも
  過分なところもない自然は
  色んなことを教えてくれます



A 自然が何を教えてくれるっていうんですか?

私 何も携えず自由に空を飛ぶ鳥は
  不要なものを所有しないことの
  美しさを教えてくれます

  樹木は静寂さや沈黙を
  教えてくれます

  宇宙の摂理から外れることなく
  間違えることなく機能する自然は
  私たち人間に秩序や美しさを
  教えてくれる最高の教師です

  ※『誠実な生き方は自然が教えてくれる


A 本を読まない人はただ世間と
  戯れているだけです

私 あなたはご自分が達した結論を
  どうしても手放したくないようです
   
  私だったら…
  過去~本~と戯れるより
  永遠に新しく未知なる生と
  戯れたいものです

  学びとは常に新しいものですが
  知識の集積は過去の集積であり
  学びとは言えません

  先人たちが日々を生きることによって
  得た洞察を知識として仕入れても
  それは過去でありあなた自身が
  直に見て触れて感じたものでは
  ないので概念でしかありません

  学びは今この瞬間に存在する
  ものですが知識は常に
  過去に根を下ろしているのです

  ※『自己に対する絶え間のない学び



  あなたは対話の最初から最後まで
  ご自身の意見を手放そうとは
  しませんでしたがこれこそ
  私たちが注意しなければ
  ならないことです

  というのは…
  どんな意見であろうと
  意見は私たちを過去に
  縛りつけてしまうからです

  過去に縛られているかぎり
  私たちは決して今を生きる
  ことはできません

  意見は学びを不可能にします

  意見を手放さないかぎり
  人は学べないのです

  自由のないところでは学べません

  勉強を強いられる子供同様
  特定の意見にガチガチに
  固まった不自由な心に
  現在という新鮮さが
  流れ込むことはありません

  意見で凝り固まっている心
  過去に染まっている心に
  未知なるものが流れ込む
  ことなんてないのです

  ですから自分の知識を信じて
  疑うことのない人に
  【学び】は不可能です

  ※『結論に至ってはいけない理由
   『対話は理解、意見は対立をもたらす

   

  最後に…

  対話の初めにあなたは「読書しない人は
  人格が劣っているから対話できない」と
  仰りましたが読書と人格は無関係です

  読書しない人と読書する人が
  ともに真剣に生きているのであれば
  かれらは誠実であるという
  共通の性質において
  対話することができます

  対話を不可能にするのは知識です

  対話を不可能にするのは
  対話の最後まであなたが
  決して手放そうとしなかった
  知識~意見・結論~なのです
 
  それはつまり思考でありエゴです

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真理探究に15年を費やした後あらゆる修行・規律・イデオロギーは不毛であると気づく。以来感覚だけを頼りに思考と感情を刻々と観察しながら自己について学んでいる

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