食を通して自らの暴力性・矛盾を見つめる

2020/02/18

葛藤 矛盾 混乱 逃避 気づき 観察 怒り 暴力 抑制 利己的な私

t f B! P L






質問

この前歩きながらファミチキ食べていたら
知らない人にぐしゃってやられて、
動物虐待と言われて何が何だかわからないのですが、
これって訴えられますよね?
あとなぜ動物虐待なのか教えてください




それは本当にびっくりされたでしょうね。

動物の命を奪わないことには繊細なのに、
人を傷つけることには鈍感というのは、
本当に悲しいことです。

私たちの多くがいかに無秩序で混乱していて、
矛盾だらけなのかに気づかされます。

動物虐待と言われたとのことですがそれは、
私たちが普段食べている肉や魚は、
人間が動物の命を一方的に奪っているから、
動物の苦しみの上に成り立っているものであるから、
そのような言葉を発せられたのだと思います。

ただ自らの主張を強制的に、
他者に押し付けようとする行為は、
人間が力づくで動物の命を奪う行為と、
同じように非常に暴力的です。

ですがそのことに反射的に反応して、
訴えることを考えるよりも、
この機会にご自身が当たり前のように、
食べているものが、どのようにして、
お店に並ぶのかを、
考えてみてはいかがでしょうか。




どのような出来事からも、
人は学ぶことができます。

動物に優しくできても、
あなたには優しくできかった、
相手の内なる暴力性・矛盾を、
しっかりと見ましょう。

そしてそれを批判するのではなく、
その同じ暴力性や矛盾があなたの中にないか、
精確に観察することができたなら、
あなたはこのような不快な出来事からも、
多くのことを学ぶことができると思います。




質問者

僕も自分をもっと見直して、
すぐに怒りに身を任せることなど、
その他もろもろ全体的に直していきます。

ここまで寄り添っていただいたのは初めてです。
ありがとうございました。




この方はとても正直な方なのだろうなと思いました。

殆どの人は私がこのように言うと、
自分の食習慣を否定されたように感じて、
過剰に反応するものですが、
彼は反射的に反応せず、
自分自身の内部を観察してみよう、
という姿勢を示されました。

正直さ・素直さというのは、
本当に美しいものです。

これまで食について、
色々な人とお話してきましたが、
彼のような素直な反応は初めてでした。

彼の素直さに触れて私は、
人間の可能性を感じることができました。

一人の人間と一人の人間が出会うとき、
そこには必ず交わりがあり、
何らかの反応があり、
反応があれば双方が、
交わりによって変化します。

一方的な学びというものは決してなく、
私たちは必ずどのような相手からも、
何かを学んでいるものなのですね。



少しでも役に立てたならクリックお願いします。



関連記事
殺さない傷つけないということ:家畜・ペット・動物
ヴィーガンになることは重要ではない、傷つけないことが重要

このブログを検索

アーカイブ

自己紹介

自分の写真
真理探究に15年を費やした後あらゆる修行・規律・イデオロギーは不毛であると気づく。以来感覚だけを頼りに思考と感情を刻々と観察しながら自己について学んでいる

問い合わせ

名前

メール *

メッセージ *

QooQ