最近投稿した記事(自己受容・理想・努力の虚偽)を
読んだ方から下記のような質問をいただきました
↓
【 理想があるから…努力するから…
人は前に進めたり、より充実した日々を
過ごせるのではないでしょうか?
理想があるからこの世界は発展を遂げてきたとも言えます
科学の進歩などもそうです
空想だとしても理想を持ちそれに近付く為に何かをする…
そこには充実したものがあるのではないかとも思うのです
どうなのでしょうか? 】
心の領域に関する理想・目標は無意味である
優しくなろう、執着心をなくそう、感情を抑制しよう
真理に到達しよう、というような努力を要する
理想を目標をもつことは無意味であるばかりか
その人を破壊してしまう、ということを
お伝えしたつもりでしたが
物理的側面に関する努力や理想と
混同させてしまう表現になっていたようです
申し訳ありません
ブログでは主に精神的側面、つまり心の領域について
お話していますが今回は物理的・精神的側面…
両方において努力や理想をもつとどうなるか
調べていきます
努力を要する行為vs.情熱から生まれる行為
道路工事や建物の建設のように
前もって計画や目標を立てて
行われなければならないものがあります
計画や目標を立てることが不可欠な場合は
物理的側面においてはおそらく多いでしょう
世界の発展は人類の努力によるところが
大きいことは事実です
まあ努力といいますか、人々が1つのことに
多大なエネルギー注いできた結果ということですよね
ただ…
努力しなくても知りたい・理解したい
という関心や情熱から行動することはできます
ライト兄妹やアインシュタイン、野口英世や
南方熊楠らは崇高な理想を持っていたから
発明・発見できたのでしょうか?
それとも…
あることについて強い関心や情熱を
もっていたのでしょうか?
情熱から生まれる行為は努力を要しません
あなたが好きなことをやっているとき
そのときには努力なんて必要なく
夢中で取り組んでいるのではないですか?
あることに強い関心や情熱をもっている人は
周りからみれば大変な努力家に映るかもしれませんが
当人は単純に面白いから…楽しいから…やっています
つまり…
努力からではなく、ただならぬ情熱から
生まれた偉大な発明も少なくはないのです
人間は精神的に何1つ変わっていない
物理的には凄まじいスピードで発展を遂げてきた私たちですが
精神的にはどうなんでしょうか?
2千年前と比べると私たちの生活は
非常に洗練され便利になっていますが
内面~心~はというとあまり
変わっていないようです
というのは人は依然として
悩みや苦しみを抱えているし
葛藤しては他者と争いながら生きているので
少しも苦しみや暴力性から自由ではないからです
もしかしたら物理面での発展とは裏腹に
精神はこれまでにないほど危機的な状態にあるかもしれません
どの時代より今の私たちは自己中心的であるかもしれません
ですから十二分に世界は発展を遂げて
私たちは快適な生活が送れるようになっているので
物理的発展のための努力や目標はひとまず脇において
これまでおざなりにしてきた精神面に、心に
目を向けては如何でしょうか?
便利にすることばかり考えて
心の貧困に耐えてきましたが
今こそ心にメスを入れるときではないでしょうか?
理想・努力なしで生きることはできる?
物理的に計画や目標が不可欠であることを認めた上で
理想や努力が精神に与える影響に気づいて
理想・努力を手放して生きることはできるのかを
検証します
心理面・物理面において理想や努力なしに
生きることはできないのでしょうか?
モチベーションなしに行動するとは?
好きなことが仕事になっている人は
努力する必要はありませんが
そうではない人だって
努力なしに仕事をすることができます
どうするのか?
それは…
黙々と仕事をするのです
そこに誇りや理想、野望や目標という
観念をくっつけないでただ目の前の仕事をこなします
運動だって努力なしに行えます
理想や目標を持たなくても身体を動かすことへの
喜びや気持ちよさから運動することはできます
プロのスポーツ選手であっても
(勝敗によってもらえるお金が違うとしても)
お金をモチベーションにすることも
お金のために努力することもしないで
勝敗に拘らず、また心を汚してしまう
攻撃性に近づかずに純粋に楽しさから
プレイすることはできます
必要以上のお金を手にすることより
健全な精神を保つことの方がはるかに大切なのです
理想や目標がなければ何もできない、
ということではありません
そう思っているのだとしたらあなたは
目の前に人参がぶらさがっていないと
~つまり何らかのメリットが自分にないと~
動けないほどに利己的なのです
※『殆どの人は損得で行動を決める』
『自己中を止めたいなら現在の行動を見つめよう』
無傷の心は天真爛漫に生きる
理想や目標、努力や競争や願望を介さず動くなら
私たちの精神は天真爛漫で無傷です
悔しさや嫉妬で心が傷を負うことはありません
一生立ち直れないほどの絶望感や劣等感を
味わうこともありません
理想・努力・競争・願望の正体は、自己中心性です
だから理想をもたず努力をしないで生きるということは
自己中心性をもたずに生きることなのです
このように精神が利己性に汚染されないときに
本当の意味で世界の発展があるのではないでしょうか?
私の成功・私の野心・私の欲望・私の幸せを追い求め
あなたはあなたのそれらを追い求めるから
私とあなたの間には必ず深い溝ができます
この溝が争い・対立の原因です
自己中心性の危険を見てそれを手放すとき
外側の争いも心の葛藤という内側の争いも
ようやく終焉を迎えます
☆☆
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