老化・老いと向き合う

2020/05/15

恐怖 孤独 空しさ 苦しみ 悲しみ 思考 生きる

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質問

年齢を重ね、外見が老けて行く事に関して、
どう思い、どう捉えたらいいのでしょう?




若葉から青葉、青葉から紅葉、紅葉から落ち葉へと、
変化するように、人間もまた時と共に変化します。

これは事実です。

この事実は見られるべきものであって、
どう思うか、どう捉えるかは、
大して重要ではありません。




考え方や捉え方によって私たちは、
安心したり勇気づけられたり、
するのかもしれませんが、
それは思考のトリックであり、
思考の解釈は事実とは違います。

これは不幸な自分に向かって、
「自分は幸せだ」と呪文を唱えて、
幸せだと錯覚しているようなものです。

その人は本当に幸せなのでしょうか?




誠実に、正直に生きる者にとって、
事実以外のものは避けて通らなければなりません。

なぜなら、事実ではないものを携えて生きることは、
全く誠実でも正直でもないからです。

あるがままの現実が現にあるものであって、
それ以外は全て非現実であり、事実ありません。

しかし殆どの人が事実と共に生きることより、
幻想でもいいから楽しく生きることを望みます。

あなたがそれで満足ならいいのですが、
幻想の中に生きることは、
今を生きているとは言えません。




事実に対して無力である思考は、
事実をいかに都合良く解釈するかに、
多くのエネルギーと時間を注ぎます。

つまり私たちは思考を活用して、
自分の不安や恐怖や絶望を和らげること、
払拭することに、必死なのです。

思考が精神安定剤のような働きをしているわけです。

このように思考に騙されて生きることで、
快適に生きられる人もいるのかもしれませんが、
ひとたび現実に引き戻されると、
再び絶望することになります。

なぜなら悲しみをもたらした問題と、
一度も向き合ってはいないからです。

あなたは思考の築いた幻想に逃げただけで、
老いという問題を解決したわけではありません。

だから鏡を見れると過去に感じた悲しみや絶望が、
どっと押し寄せてきます。




あるがままの自分を見つめることなく、
老いという問題から自由になることはできません。

思考で問題を上手く覆い隠すことはできても、
ひとたび現実に引き戻されると、
問題は未解決のままだということが、
わかります。

悲しみから自由になるには、
現実を直視しなければなりません。

あなたの年齢を、あなたのシワやシミを、
体力の衰えを、老いに対する悲しみや絶望を、
直視しなければなりません。




あなたが現にあるものと生きるとき、
痛みは生じません。

老いていく自分の姿に落ち込むならそれは、
あなたが事実に抗っている証拠です。

若い頃の自分と現在の自分を、
比べているあなたが、落ち込むのです。

若い頃の自分を思い出すことで、
悲しくなるのだとしたら、
その悲しみはあなたの思考によって、
生まれたのです。

事実に抗うとき、痛みを感じますが、
抗わなければ、痛みは感じません。




紅葉や落ち葉に見られるような美しさが、
殆どの人間に見られないのは、
彼らが表面的な美しさを追い求めて、
人生の大半を過ごすからではないでしょうか。

もし私たちが内面に気を配るなら、
美しさは内にとどまっておくことなんかできずに、
外に浸透するのではないでしょうか。

外面の美しさは勿論、
若い頃のそれとは違います。

若葉にない美しさが紅葉にあるように、
若い人にない美しさが、
年を重ねた人にはあります。




ただ、内面の美しさは外面のように、
時間に伴って変わるものではありません。

だから内的に美しくあることで、
人はいつまでも美しくあることができます。

ただ表面的な美しさを追い求めている人には、
このような精妙な美しさは、
捉えられないのかもしれません..



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真理探究に15年を費やした後あらゆる修行・規律・イデオロギーは不毛であると気づく。以来感覚だけを頼りに思考と感情を刻々と観察しながら自己について学んでいる

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