質問
年齢を重ね、外見が老けて行く事に関して、
どう思い、どう捉えたらいいのでしょう?
若葉から青葉、青葉から紅葉、紅葉から落ち葉へと、
変化するように、人間もまた時と共に変化します。
これは事実です。
この事実は見られるべきものであって、
どう思うか、どう捉えるかは、
大して重要ではありません。
考え方や捉え方によって私たちは、
安心したり勇気づけられたり、
するのかもしれませんが、
それは思考のトリックであり、
思考の解釈は事実とは違います。
これは不幸な自分に向かって、
「自分は幸せだ」と呪文を唱えて、
幸せだと錯覚しているようなものです。
その人は本当に幸せなのでしょうか?
誠実に、正直に生きる者にとって、
事実以外のものは避けて通らなければなりません。
なぜなら、事実ではないものを携えて生きることは、
全く誠実でも正直でもないからです。
あるがままの現実が現にあるものであって、
それ以外は全て非現実であり、事実ありません。
しかし殆どの人が事実と共に生きることより、
幻想でもいいから楽しく生きることを望みます。
あなたがそれで満足ならいいのですが、
幻想の中に生きることは、
今を生きているとは言えません。
事実に対して無力である思考は、
事実をいかに都合良く解釈するかに、
多くのエネルギーと時間を注ぎます。
つまり私たちは思考を活用して、
自分の不安や恐怖や絶望を和らげること、
払拭することに、必死なのです。
思考が精神安定剤のような働きをしているわけです。
このように思考に騙されて生きることで、
快適に生きられる人もいるのかもしれませんが、
ひとたび現実に引き戻されると、
再び絶望することになります。
なぜなら悲しみをもたらした問題と、
一度も向き合ってはいないからです。
あなたは思考の築いた幻想に逃げただけで、
老いという問題を解決したわけではありません。
だから鏡を見れると過去に感じた悲しみや絶望が、
どっと押し寄せてきます。
あるがままの自分を見つめることなく、
老いという問題から自由になることはできません。
思考で問題を上手く覆い隠すことはできても、
ひとたび現実に引き戻されると、
問題は未解決のままだということが、
わかります。
悲しみから自由になるには、
現実を直視しなければなりません。
あなたの年齢を、あなたのシワやシミを、
体力の衰えを、老いに対する悲しみや絶望を、
直視しなければなりません。
あなたが現にあるものと生きるとき、
痛みは生じません。
老いていく自分の姿に落ち込むならそれは、
あなたが事実に抗っている証拠です。
若い頃の自分と現在の自分を、
比べているあなたが、落ち込むのです。
若い頃の自分を思い出すことで、
悲しくなるのだとしたら、
その悲しみはあなたの思考によって、
生まれたのです。
事実に抗うとき、痛みを感じますが、
抗わなければ、痛みは感じません。
紅葉や落ち葉に見られるような美しさが、
殆どの人間に見られないのは、
彼らが表面的な美しさを追い求めて、
人生の大半を過ごすからではないでしょうか。
もし私たちが内面に気を配るなら、
美しさは内にとどまっておくことなんかできずに、
外に浸透するのではないでしょうか。
外面の美しさは勿論、
若い頃のそれとは違います。
若葉にない美しさが紅葉にあるように、
若い人にない美しさが、
年を重ねた人にはあります。
ただ、内面の美しさは外面のように、
時間に伴って変わるものではありません。
だから内的に美しくあることで、
人はいつまでも美しくあることができます。
ただ表面的な美しさを追い求めている人には、
このような精妙な美しさは、
捉えられないのかもしれません..
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