観察という激しい雨が心の汚れを洗い流す

2019/04/14

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心の汚れを洗い流す



心の汚れをどうしていますか?


私たちは書物より自然から、
多くのことを学ぶことができます。

今日歩きながら雨の降る空を見上げていると、
木々の葉っぱに目が止まりました

葉っぱに積もったホコリは雨で洗い流され、
すっかり鮮やかな緑色を取り戻して幸せそうでした。

それを見ていて思いました。



葉っぱに積もったホコリは、
雨が降るとキレイに洗い流されます。

しかし心に降り積もったホコリは、
どうなるのでしょうか?

雨は心の汚れまで洗い流してはくれませんので、
私たちが雨の役割を担わなければなりません。

ですから....

自らの内面を観察して心にたまったホコリを、
観察という名の雨で洗い流しましょう。

マメに掃除していると、
汚れを取るのに強い力は要りません。
時間もかからないし、強力な洗剤も必要ありません。

同じように日々、心を観察するなら、
汚れがこびりつくことはないのです。

雨が降るだけで草の緑はすっかり濃くなるように
愛が流れ込むと私たちの精神は澄んできます

正直じゃなければ観察不可能


内面を観察するには、
正直でなければなりません

あなたが正直でなければ、
あるがままの自分を[精確]に観察することはできません。

自分の見たいように見る、
見たものを都合良く解釈することは簡単だし、
落ち込むこともありませんが、
あなたの解釈は実際のあなたとは異なります。

また自己観察しながら
「なんてこんな感情を抱いているんだ」とか
「自分がこんな風に感じるのは相手のせいだ」
などと言って批判や言い訳に始終するなら、
あなたは自らの内面を本当には観察していません。

あなたは思考の声を聞いているだけで、
内面を注視してはいません。

批判や言い訳は、思考が働いている証拠です!

思考が働いているとき、
あなたは十分に気づいていることはできないのです。

注視すると思考は止まる


内面を注意深く観察すると、思考は停止します

内面を十分に観察するとき、
「あなた」は存在しません。

誤解しないで下さい! 

あなたの肉体が存在しない、
と言っているのではありません。

内面を注意深く観察するとき、
思考がいつも「私」と呼んでいる存在がいない、
ということです。

観察すると何が起こる?


内面を注意深く観察すると、
何が起こるのでしょうか?

内面を注視するとき、
あなたの内面は洗い流されます。


先程お話しましたが、
内面を注視すると思考が消えるので、
「私」が感じていた感情も一緒に消えます。

ですから嫉妬や野心、憎しみや悲しみ
という感情はもうそこには存在しません。

観察という激しい雨が、
あなたの内面を全て洗い流したのです。




それは太陽のような強い光といってもいいでしょう。

観察という強い光で内部を照らすとき、
その光が内部のすべてのものを焼き尽くします。

強い光があなたの内部に直に触れるとき、
あなたの内面は即変容します。


こうして鮮やかな緑の美しさを、
惜しげなく放つ葉っぱのように、
埃一つつけずに天真爛漫でいることができるのです。

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真理探究に15年を費やした後あらゆる修行・規律・イデオロギーは不毛であると気づく。以来感覚だけを頼りに思考と感情を刻々と観察しながら自己について学んでいる

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