感情にとどまる、感情を注視する

2019/12/23

苦しみ 悲しみ 思考 実践 理解 洞察 事実

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質問

僕は、人生の前半は感情の起伏が激しかったので、
これからは、無感情に生きていこうと思っています。
喜びを犠牲にしても悲しみを感じたくないので、、
この選択は賢いですか?



     ==========



いつも何かになろうと必死な私たち



私たちは、振り子のようにある状態から別の状態へと、
意図的に変わろうと必死ですが、
現在の状態にとどまりありのままを見つめることをしません。

現在の状態にとどまり事実を直視するかわりに、
私たちはそこからできるだけ早く抜け出そうと、
現状とは反対のものをひたすら追い求めます。

反対の概念や理想を作り出して、それを求めるのです。

過食→少食・断食、放縦→禁欲、所有→無所有、
執着→無執着、暴力→非暴力へと、
私たちはいつもなりゆくことに必死です。



しかし別の状態を追い求めることは、
ありのままの自分から逃避することではありませんか?

ありのままの自分が見るに耐えないものだから、
私たちはありのままの事実を直視することを避け、
理想の自分を思い描いていつの日か
理想の自分になると信じて生きているのではないですか?

しかしありのままの自分に手付かずのまま、
ありのままのあなたが変わることはありません。




なぜなりゆこうとするのか?



そもそも反対の概念を求めるのは、
変わろうなりゆこうとするのは、
ありのままの自分に満足していないからです。

過食する自分、放縦な自分、所有欲の強い自分、
執着する自分、暴力的な自分、感情が激しい自分に
不満だから反対のものを求めて、
自分ではない何かになりゆこうとしています。

しかし現在の自分自身を理解することなく、
私たちが変わることはありません。

変わるのはいつだって、今の自分だからです。

ですから今の自分を放っておいて、
自分が変わるわけがないのです。




無感情に生きることを決めた自分を観察する



無感情に生きていくと決めたのは、
感情の起伏が激しかった自分が嫌いだった、
あるいは辛かったからでしょう?

つまり無感情に生きてくというあなたの選択は、
過去に基づいています。

悲しみや憎しみを感じて辛い思いをした過去の経験が、
無感情で生きていくことをあなたに決意させたのです。

感情の起伏が激しかったあなたが、
無感情という反対のものを目指して生きていこうと決めたのです。

あなたの決意は過去に対する反動です。

過去に基づく考えは全て、矛盾を孕んでいます。

過去(知識・経験)によって現在の行為が決められるとき、
その行為は必ず現在と衝突します。

過去(既知)と現在(未知)が一致することはないので、
そこには必ずズレが生じて衝突するのです。

選択は賢いかというあなたの質問に対する答えですが、
巧妙で利己的な思考が熟考した上で出した結論は、
どのようなものも賢いとはいえません。

また人は明快なとき、選択はしないものです。

私たちは混乱しているとき迷っているとき、
どうしたらよいかわからないときに選択するのであって、
物事がはっきりと見えているとき、選択肢はありません。



選択するのは混乱した人だけです。

そして混乱している人間が決めたもの・考えたものは
いつだって混乱しているのです。




感情から離れないでとどまる



あなたの問題は感情の起伏が激しいことだった筈です。

そうであるならば、感情に向き合うことが大切なのです。

自分の感情に蓋をして見ないように触らないようにしても、
あなたが感情から自由になるわけではありません。

蓋をされた感情は、いつも表に出る機会をうかがっています。

あなたが感情に物語を語らせてあげるまで、
感情はあなたの奥底にずっと隠れているのです。

ですから無感情に生きていくことは、
解決策にはなりません。

問題が生まれた原因が必ずあります。

その原因を取り除かずして、
問題から自由になることはできないのです。

ですから感情を抑えたり感情から逃避したり、
はたまた無感情という概念を追い求めたりせず、
あなたの感情がどのように生まれて、
何を語ろうとしているのか、
じっくり忍耐強く観察しましょう。

このように自らの感情にとどまり注視するとき、
感情はこれまでとは全く別のものになります。

これまでの悲しみは思考に誇張されていたので、
あなたをひどく憂鬱にしていたでしょう。

しかし感情を注視すると、
思考に覆われていない純粋な知覚が残ります。

これはこれまでの悲しみの感情とは全く違うのです。

ここでどのように描写しても、
実践した人にしかわからないのでぜひやってみて下さい。






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真理探究に15年を費やした後あらゆる修行・規律・イデオロギーは不毛であると気づく。以来感覚だけを頼りに思考と感情を刻々と観察しながら自己について学んでいる

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