ハイヤーセルフ・高次の自己は存在するのか?

2019/12/01

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A 自分で自分を受け容れるという表現がありますが、
  この場合受け容れる自己は、受け容れられる自己より
  上位にある自己ということができます。
  そして上位の自己を観察するさらに上位の自己がいます。

私 自分で自分を受け入れることなど、できるのでしょうか?

  あなたが仰るように、
  自分を受け入れることは、
  別の自己の存在なしには不可能です。

  つまり自分で自分を受け入れることができるなら、
  私たちの内部に別の自己がいることになります。

A そうです。
  高次の自己については
  宗教や過去の聖者たちも言及していますように、
  それは確かに存在するようです。




私 たしかに宗教は、永遠の魂、真我、アートマン、
  高次の自己、ハイヤーセルフというように、
  様々な呼び方で別の自己の存在を
  主張してきましたが、しかし....

  私たち自身で別の自己が存在するかを見出すには、
  伝統や聖人・宗教者の主張を、
  いったん脇に置いておく必要がありませんか?

A .......




私 私たちが伝統を携えて答えを見出そうとすれば、
  導き出す答えは伝統の色に、
  ある宗教者ある聖者の主観的な色に染まりませんか?

A そうはいっても、
  高次の自己は存在すると思っているので。

私 あぁ、あなたはまだ過去に囚われています。

  イデオロギーやプロパガンダに縛られていたら、
  あなたは鎖に繫がれた動物のように、
  ある範囲までしか進むことができません。

  あなたの探究は、鎖の長さに限定されるのです。

  自由でなければ、私たちは探究できません。

  探究するにはまず、
  意見や思想、イデオロギーから自由でなければなりません。
 
  両足が縛られていては、
  私たちは決して自由ではありません。

  



A 現段階の考えを持ちながら、
  探求していくということになります。

私 繰り返しますがそのような探究は、
  鎖の長さに限定されるますので、
  導き出す答えも鎖の長さに限定されます。

  現段階の考えを持ちながら探究しては、
  探究にバイアスがかかってしまって、
  本質を見出すことはできません。

  あなたが見出すものは、
  過去の聖者たちが見出したものに染まるので、
  あなたの答えは過去から自由ではありえず、
  よってそれは真実ではありません。

  私は過去の聖者と対話しているのではなく、
  あなたと対話しているのです。
  あなたと対話する中で、真実を見出そうとしているのです。




A 考えを持ちながら、なぜ探究できないのですか?

私 高次の自己が存在するという意見をもっていたら、
  高次の自己は存在しないかもしれないという可能性を
  閉め出してしまいませんか?

  あなたが既に結論に至っているとき、
  高次の自己の真偽をつかむことは不可能ではないですか?

A わかりました。
  では高次の自己がいるのか、一緒に調べましょう。




私 自分で自分を受け入れるには、
  別の自己が存在しなければできません。

  自分を受け入れる、別の自己が必要です。

A そうです。
  一人では受け入れたり批判したりできませんから..


私 私たちの内部を深く調べてみましょう。
  
  あなた色に染まっていない部分が、
  あなたの内部に存在しますか?

  利己性に染まっていない純粋でまっさらな自己が、
  内部に存在しますか?

A あるように思います。

  自分が利己的なとき、
  利己的ではいけないと囁く自分がいますから、
  そのような自己が高次の自己だと思います。




私 本当にそうですか?
  そのように囁くのは、あなたの思考ではありませんか?

  思考が何が正しいか正しくないかを判断して、
  あなたに囁いているのではありませんか?

A ......

  




私 内部に別の自己が存在するのでしょうか?

  内部に別の自己がいるというのは、
  思考が作り出した概念ではないですか?

  限りある肉体が存在の全てだとは信じたくない思考が、
  永遠の魂、真我、高次の自己という概念を
  作り出したのではありませんか?

A どうしてそのように思うのですか?
  私は、そのようには思いません。

私 私やあなたがどのように思うかは問題ではありません。
  
  真偽を見出すことが大切です。
  
  だから私はあなたにも自分自身にも問うているのです。
  ご自身の思考をよく調べてください。

  分類好きの思考が、分けることが得意な思考が、
  ポジティブ思考とネガティブ思考を分けたように、
  天国と地獄を分けたように、
  自己と高次の自己を分け、
  さらにそれを超えた存在(神・創造主)を、
  作り出したのではありませんか?




A 私はそのようには思いません。
  考え方の違いですね。

私 あなたはまだご自分の意見を手放していないようです。

  あなたの考えを覆すかもしれないものに敏感に反応して、
  心の扉を閉じておられます。

 「私はそのようには思いません」「考え方の違い」
  と言うとき、私たちは異なる意見をもつ人を、
  シャットアウトしませんか?

  

  今あなたが意見をもっているという紛れもない事実が、
  私たちの間に見えない壁を築いていませんか?

 


A 現段階において、
  そうは思わないということを述べたまでです。

私 まさにそのことを指摘しているのです。

  現段階においてそうは思わないと主張することで、
  わたしとあなたはもうこれ以上、
  一緒に探究することはできないのです。

  私が自分の意見に固執していたら、
  他の意見の人との間に分離を生んでしまいます。

  ですが最初から意見をもたなければ、
  私はあなたや他者との間に分離をもたらすことなく、
  答えを見出すまで対話することができるのです。

  考えをもたなければ、分離は生じません。
  意見が私とあなたを分離するのです。

  




A そうはいっても意見をもたないことなど不可能です。

私 本当にそうですか?

  意見が分離をもたらすことを実感するなら、
  それが私たちの血となり肉となるなら、
  私たちは直ちに意見を手放しませんか?

  意見を手放さなければ、対話は不可能ではありませんか?

  意見をもたずに探究するとき、私たちは共に歩みながら、
  未知なるものを発見することができるのではないですか?




A どのように言われても、
  自分の考え方が覆ることはありません。

私 あなたの考えを変えようとしているのではありません。

  私自身が意見をもつことの虚偽をみているので、
  あなたの考えを変えようというような、
  愚かなことはしません。

  ただこのように私とあなたが分離するのは、
  理解し合うことを邪魔しているのは、
  私たちが意見をもつからだということを指摘しているのです。

  世の中の殆どの争いは、意見と意見、思想と思想、
  主義と主義のぶつかり合いによって起こります。

  だから争いのない世界を実現するには
  争いの根源である意見や主観、思想、イデオロギーを
  私たちの内部から取り除くことが必要不可欠であり、
  緊急課題であると自分は強く感じているのです。



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真理探究に15年を費やした後あらゆる修行・規律・イデオロギーは不毛であると気づく。以来感覚だけを頼りに思考と感情を刻々と観察しながら自己について学んでいる

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