身体の声に耳を傾けるのは、とても難しくないですか?
自分では身体の声を聞いているつもりでも、
実際には思考の声を聞いている場合が多いのではないですか?
体調の悪いとき、あなたはどうしますか?
食欲がないときに少しでも食べて元気になろうとするなら、
あなたは身体の声ではなく頭の声に従っています。
身体の声に耳を傾けているのなら、
普段のように食べ物に反応しない
ご自身の身体の声を聞き逃さないでしょう。
食欲がないのは身体が食べ物を欲していない or
拒否しているサインだと理解することでしょう。
しかし食べないと元気にならない、
食べないと益々弱って病に勝てないという考えを
信じているあなたは身体の声を無視して
無理にでも食べようとします。
あるいはあなたの頭の声、知識が引っ切りなしに
喋る声がうるさくて身体の声を聞きとれなく
なっているのかもしれません。
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思考が理解を妨げ空間が理解をもたらす
目の前の相手や出来事をまっさらな目で
観察することが難しいように、
身体の声を思考に邪魔されず聴くことは
簡単ではありません。
これまでの人生経験を踏まえて今日出会う人や事を観察しても、
過去のそれとは違う新たな状況に出会い
把握することはできないように、
過去の知識の集大成である思考に耳を傾けていては、
身体の声を聴くことはできません。
生きるうえで大事なのは、
過去という鏡を掲げて現在を見るのではなく、
過去という色眼鏡をかけず現在に出会うこと、
観察すること、聴くことではないでしょうか?
過去を片づけることなくして、現在に出会うことはできません。
既に終わってしまった出来事がどんなに立派な体験だとしても、
後ろを振り返ったまま前を見ることはできないのです。
過去から自由なとき初めて私たちは、
今に生きることができるのではないでしょうか!
老子だったと思うのですが彼の言葉で締めくくりたいと思います。
[間違っていたらすみません]
憂鬱なとき、あなたは過去に生きている
不安や心配で心が一杯のとき、あなたは未来に生きている
気分の良いとき、あなたは現在〈いま〉に生きている
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