内面の貪欲さを見つめる

2019/09/26

気づき 観察 権威 実践 生きる 利己的な私

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先日の記事[誠実さと利己性は共存できない]を読んだ方から、
「第一歩が正しくないとダメなら、
 一度踏み外した人間は取り返しがつかないのか?」
というメッセージをいただきました。

そんなことは決してありません。

私たちが自分自身の狡猾さに気づき、
誠実に生きようとするとき、
自分の歩む方向を変えることができます。

自分の進んできた方向には
貪欲と腐敗と権力争いと不誠実以外、
何もないことがわかれば、
歩みを止めればいいのです。





誠実であるということ



誠実であろうとすると、
どのような変化が生まれるのでしょうか?

弁護士であればクライアントの利益を守る為、
限りなくブラックに近い人でも
これまでは守ってきたでしょうが、
そのような案件を扱わなくなるでしょう。

それで仕事が減ったとしても降格されても、
誠実でありたいから後ろめたさを感じる仕事を、
引き受けなくなります。



営業職の人なら昇進のためにこれまで、
顧客に何でも売りつけてきたかもしれませんが、
顧客に有益ではないもの、
自分自身が良いと思わないものを
他人に売りつけることはなくなるでしょう。



社長であれば会社を守るためなら他社に損害を与えても
これまでは平気だったかもしれませんが、
他社を踏み台にしてまで成功しようとは
しなくなるでしょう。



政治家であれば自分の地位や私腹の為に
市民を危険に晒す可能性のある法案に
支持・賛同するようなことはなくなるでしょう。



役者・タレント・TV関係者なら、
視聴者に良くない影響を及ぼす可能性のあるもの、
危険な思想や特定のイデオロギーを仄めかすような作品には
携わらなくなるでしょう。

これまでは有名になるまでの我慢、
才能を認められるまでの我慢と思って
やってきたこをしなくなるでしょう。



上司や先輩のご機嫌をとることはなくなるでしょう。

部下の手柄を自分の手柄にすることはなく、
部下を正当に評価するでしょう。

同僚を貶めることはなくなります。

価値のないものや人の欲望を利用して
商材を売りつけるようなこともなくなります。

他人を搾取することはなくなります。





誠実に生きる



そんなことをしていたらどんな職に就いていたって
偉くなれない、成功者になれないじゃないか、
とあなたは憤慨するかもしれません。

仰る通りです。

筆者が誠実でありながら成功者になることが
難しいと思うのはこのような理由からです。

誠実であるためには
世の中に溢れる貪欲さから離れなければなりません。

自分の内面の貪欲さに気付いて
誠実に生きようと決めたあなたは、
これまでのように世の中に巧みに順応できなくなります。

しかしそれは当然と言えば当然です。

誠実であるとは、そういうことです。

誠実であるということは、
殆どの方が行使しているものから、
離れるということです。





誠実な者は過ちを認めて方向転換する



誰もが自分の利益や地位を脅かすものを否定し
自分の行為を正当化しますが、
正直者は己の卑しさから目を背けません。

どんなに愕然としようと憂鬱になろうと、
己の闇を見つめます。

こうして己の卑しさを見た者が、方向転換するのです。

彼はこれまでの道に、未練はありません。

なぜならその道は、自分を一層卑しくしたからです。

過去と決別し不誠実なこと、後ろめたいこと、
良心が咎めることから離れます。

これこそが誠実に生きること、
純潔な精神のまま生きることではないでしょうか?




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真理探究に15年を費やした後あらゆる修行・規律・イデオロギーは不毛であると気づく。以来感覚だけを頼りに思考と感情を刻々と観察しながら自己について学んでいる

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